奈良県橿原市の藤原京(7世紀末、都としては694年?710年)跡の発掘調査では、1992年、奈良国立文化財研究所にる浮遊遺物洗浄法調査によりトイレの存在が証明された。
藤原宮の南面西門から外に出てすぐの南東、右京七条一坊西北坪の遺跡から土坑形汲取式(どこうがたくみとりしき)トイレを検出している。この周辺は建物跡が小規模で戸籍に関連した内容の木簡や硯の出土が多いことなどから、公的な機関(役所)があったと想定され、このトイレは、その内部に設置された共同便所だったと考えられている。長さ1.6m、幅0.5mの長楕円形を呈し、現状で深さ0.4m、本来は約1mあったと考えられる素掘りの便槽である。堆積土の分析から、生野菜または野草を食べていたこと、コイやアユを生(なま)か完全に火の通らない状態で食べていたこと、カタクチイワシを目刺しのように焼いて食べていたこと、さらに種実には、乾燥した人里や畑を好む種類がある一方で湿地やその周辺を好む種類があるということがわかった。
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藤原宮の宮殿の東側、官庁街との間を南北に走る幅5m、深さ1mの基幹排水路が東大溝(ひがしおおみぞ)である。この溝の両岸の傾斜面には、向かい合う位置に大小の柱穴が交互に13.5mにわたって並んでいた。初めは幅広の橋とされていたが、その南16.5mの地点からも同様の遺構が発見され、橋ではなくトイレではないかと考えられるようになった。溝の中からは籌木も出土している。