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日本へ儒教が伝わったのは

日本へ儒教が伝わったのは、513年、百済より五経博士が渡日して以降のことである。これ以前にも、王仁(わに)が『論語』を持って渡来するなどしており、概ね5世紀頃には伝来していたものと考えられている。

律令制の継承に伴い、官吏養成及び学問研究として取り入れられ、式部省の被官の大学寮において、明経道として教授された。しかしながら、日本においては科挙制度が取り入れられなかったためか儒教の価値が定着せず、学問の主体は、実学的な文章道に移り、次第に衰退した。
空海が『三教指帰』により道教とともに批判するなど、仏教の隆盛も律令儒教の衰退の原因のひとつとなった。

元の侵攻を避け、南宋から渡ってきた知識人が朱子学等最新の儒教を伝え、京都五山、鎌倉五山等、禅宗寺院において研究された。
戦国の混乱は、これらの成果を地方に拡散させることとなり、桂庵玄樹の薩南学派、南村梅軒の海南学派等が開かれた。
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江戸時代になると、それまでの仏教の僧侶らが学ぶたしなみとしての儒教から独立させ、一つの学問として形成する動きがあらわれた(儒仏分離)。また中国から、朱子学と陽明学が静座(静坐)(座禅)などの行法をなくした純粋な学問として伝来し、特に朱子学は幕府によって封建支配のための思想として採用された。藤原惺窩の弟子である林羅山が徳川家康に仕え、以来、林家が大学頭に任ぜられ、幕府の文教政策を統制した。

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2009年09月27日 13:24に投稿されたエントリーのページです。

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